遺産・財産調査
故人の株式・投資信託を
相続する方法
証券口座の特定から名義変更・売却まで
手続きの全手順をわかりやすく解説
「父が株をやっていたのは知っていたけれど、どこの証券会社かわからない」
「投資信託の名義変更って、銀行の相続手続きと同じやり方でいい?」
「相続した株はそのまま持ち続けてもいいの?売るべき?」
株式や投資信託の相続は、預貯金と比べて手続きが複雑で、見落としも起きやすい財産です。
口座の特定から相続税の評価額計算、名義変更・売却の判断まで、知らないと損をするポイントが多くあります。
この記事では、証券口座を探す方法から手続きの流れ、主要証券会社別の対応方法まで、元銀行員が実務目線で解説します。
著者より
ある水曜日の朝、70代の女性が封筒をいくつか抱えて窓口にいらっしゃいました。 「夫が亡くなったんですが、これが届いていて……」と差し出されたのは、野村證券と大和証券それぞれからの「口座残高のお知らせ」でした。
「証券会社の手続きは、うちではできないんですよ」と言いかけて、私は口をつぐみました。 女性の表情を見て、どこに行けばいいかもわからない、という途方に暮れた様子が伝わってきたからです。 「こちらの書類は証券会社さんへ直接ご連絡いただく必要がありますが、まず何をすべきかご説明しますね」と、 15分ほど時間を使って手順を書いてお渡ししました。
「銀行員なのにこんなことまで教えてもらえると思っていなかった」と帰り際に言ってくださいました。 でも本当はもっと詳しく説明したかった。株式の評価の仕方も、売るタイミングの考え方も。 あの日伝えきれなかったことを、ここに書きます。
田中 由美(AFP・相続診断士・元銀行員)
まず証券口座を特定する
株式・投資信託の相続で最初に取り組むべきは「故人がどこの証券会社に口座を持っていたか」の特定です。 通帳のような物理的な証拠が残りにくいため、複数の手段を組み合わせて調べます。
取引残高報告書・年間取引報告書
証券会社は年1回以上「取引残高報告書」や「特定口座年間取引報告書」を郵送します。 故人の自宅に保管されている郵便物の中に、これらの書類がないか確認しましょう。 封筒の差出人が証券会社名になっています。
配当金支払い通知書・振込記録
株を保有していると配当金の支払い通知書が届きます。また、銀行口座の入金記録に 「配当金」「証券会社名」と記載されていることがあります。 通帳の過去2〜3年分の入金欄を確認してください。
スマートフォン・PCのアプリ・ブラウザ
故人のスマートフォンに証券会社のアプリが入っていないか確認します。 SBI証券・楽天証券・松井証券などは専用アプリがあります。 PCのブラウザのブックマーク・履歴にも証券会社のURLが残っていることがあります。
確定申告書の「株式等の譲渡所得」欄
確定申告をしていた場合、申告書の「株式等の譲渡所得」「配当所得」欄に証券会社名が記載されていることがあります。 過去3〜5年分の確定申告書を確認しましょう。
株式の権利書・証券(古い紙の証券)
2009年以前に購入した株式は「株券(紙の証券)」が存在します。 ただし2009年の電子化以降は原則として全株式が証券保管振替機構(ほふり)で管理されており、 紙の株券は無効になっています。古い株券が見つかっても、現在は価値がない場合があります。
証券保管振替機構(ほふり)への照会
「株式等振替制度における相続人等の口座開設・移管手続きのご案内」として、 証券保管振替機構(ほふり)に相続人として照会することで、 故人が保有する株式を管理している証券会社を特定できる場合があります。
株式相続の手続きの流れ
証券口座が特定できたら、証券会社への連絡から手続き開始です。 銀行口座の相続と異なり、口座は凍結されません(売買取引はできませんが、口座自体はそのまま維持されます)。 ただし故人の口座のまま取引を行うことは禁じられているため、速やかに名義変更を進めましょう。
証券会社に死亡の連絡をする
証券会社の相続専用窓口(またはコールセンター)に電話し、口座名義人が死亡した旨を連絡します。 これにより口座の売買取引がロックされます。 連絡時に「必要書類のリスト」を案内してもらえるため、メモを取っておいてください。
残高証明書・評価額証明書を取得する
相続税申告に使う「相続開始日時点の残高証明書(評価額証明書)」を取得します。 株式は死亡日の株価、投資信託は死亡日の基準価額で評価するため、必ず死亡日時点の証明書を依頼してください。
必要書類を準備して提出する
戸籍謄本・遺産分割協議書・印鑑証明書などを揃え、証券会社所定の相続届出書に記入して提出します。 郵送で対応できる証券会社が多く、来店が不要なケースもあります。
相続人名義の口座へ移管する
書類審査が完了すると、株式・投資信託が相続人名義の証券口座へ移管されます。 相続人がその証券会社に口座を持っていない場合は、新規口座開設が必要です。 移管後は保有し続けることも、売却することも自由に選択できます。
売却 or 保有を判断する
移管後の株式をどうするかは相続人が決めます。 遺産分割協議書で「換金して分割する」と決めた場合はこの時点で売却します。 売却益には譲渡所得税がかかりますが、相続時の評価額が取得費となるため有利な場合もあります(詳しくは後述)。
手続きに必要な書類一覧
| 書類名 | 遺言書あり | 遺産分割協議あり | 備考 |
|---|---|---|---|
| 故人の戸籍謄本(出生〜死亡) | ✓ | ✓ | 法定相続情報一覧図で代替可 |
| 相続人全員の戸籍謄本 | ✓ | ✓ | 法定相続情報一覧図で代替可 |
| 遺産分割協議書(実印押印) | — | ✓ | 相続人全員の実印が必要 |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 場合による | ✓ | 発行3ヶ月以内が目安 |
| 遺言書(検認済み) | ✓ | — | 公正証書遺言は検認不要 |
| 証券会社所定の相続届出書 | ✓ | ✓ | 各証券会社から取り寄せる |
| 移管先口座の口座番号 | ✓ | ✓ | 相続人が同証券会社に口座開設が必要 |
主要証券会社別の手続き方法と特徴
| 証券会社 | 相談窓口 | 郵送対応 | 手続き完了目安 |
|---|---|---|---|
| 野村證券 | 店舗窓口・専用ダイヤル | 一部対応 | 2〜4週間程度 |
| 大和証券 | 店舗窓口・コールセンター | 一部対応 | 2〜3週間程度 |
| SBI証券 | 電話・オンライン申請 | 郵送メイン | 2〜4週間程度 |
| 楽天証券 | 電話・オンライン申請 | 郵送メイン | 2〜4週間程度 |
| 松井証券 | 電話・オンライン申請 | 郵送メイン | 1〜3週間程度 |
| マネックス証券 | 電話・オンライン申請 | 郵送メイン | 2〜4週間程度 |
相続人がその証券会社に口座を持っていない場合
移管先として相続人の口座が必要なため、相続人が同じ証券会社に口座を開設する必要があります。 口座開設は通常オンラインで申請でき、1〜2週間で開設できます。 「相続手続きのため口座開設したい」と伝えると、証券会社によっては相続手続きと並行して口座開設を進めてくれます。
株式・投資信託の相続税評価額の計算方法
相続税申告が必要な場合(基礎控除を超える場合)、株式・投資信託は「相続開始日時点の時価」で評価します。 評価方法は株式の種類によって異なります。
上場株式の評価方法
上場株式は以下の4つの価格のうち、最も低い価格で評価します。これが相続税評価額です。
① 相続開始日(死亡日)の終値
亡くなった日の終値(大引け時の株価)
② 死亡日の属する月の終値の月平均
亡くなった月の全営業日の終値の平均額
③ 死亡日の前月の終値の月平均
亡くなった月の前月の全営業日の終値の平均額
④ 死亡日の前々月の終値の月平均
亡くなった月の2ヶ月前の全営業日の終値の平均額
評価額の計算例
A社株式 1,000株を保有。相続開始日(3月15日)時点で:
- 3月15日の終値:2,400円
- 3月の終値月平均:2,350円 ←最も低い
- 2月の終値月平均:2,500円
- 1月の終値月平均:2,600円
この場合、最も低い「3月の月平均2,350円」を採用。
評価額 = 2,350円 × 1,000株 = 2,350,000円
投資信託の評価方法
公募株式投資信託
相続開始日の基準価額 × 口数で評価します。 信託財産留保額がある場合はそれを控除した金額が評価額になります。 基準価額は証券会社または運用会社のウェブサイトで確認できます。
ETF(上場投資信託)
上場株式と同じ方法で評価します。相続開始日の終値と前月・前々月の月平均の うち最も低い価額を採用します。
相続した株式を売却する場合の税金
相続した株式を売却すると、売却益に対して譲渡所得税(20.315%)が課税されます。 ただし「取得費」の計算方法が通常の購入と異なるため、税負担が軽くなる場合があります。
相続株式の取得費は「相続時の評価額」
相続で取得した株式の取得費は、相続税評価額(相続開始日の時価)となります。 故人が株を購入した当時の価格ではありません。
たとえば故人が1株1,000円で購入した株が、相続時に3,000円になっていた場合、 相続人の取得費は3,000円です。これを3,500円で売却した場合の譲渡益は500円×株数のみです。
※ 相続税申告をした場合は「相続税の取得費加算の特例」が使え、納付した相続税額の一部を取得費に加算できます。 相続後3年10ヶ月以内の売却に限り適用できます。
非上場株式の相続|中小企業オーナーに多いケース
故人が中小企業のオーナーや役員だった場合、その会社の非上場株式を保有していることがあります。 非上場株式は証券取引所に上場されていないため、市場価格がありません。 評価方法が複雑で、相続税額への影響も大きいため注意が必要です。
評価方法(税務上)
非上場株式の評価は「類似業種比準方式」「純資産価額方式」またはその折衷で行います。 会社規模や業種によって計算方法が変わるため、税理士への依頼が実質的に必須です。
事業承継税制の活用
後継者が非上場株式を相続する場合、一定の条件を満たせば 「事業承継税制(特例措置)」を使って相続税・贈与税の猶予・免除を受けられます。 2024年3月末までに特例承継計画の提出が必要でしたが、要件の確認を税理士に相談してください。
相続後の経営への影響
非上場株式を複数の相続人で分割すると、会社の経営権が分散するリスクがあります。 特に議決権の過半数を誰が持つかは、会社経営の根幹に関わります。 経営と相続の両面から弁護士・税理士・司法書士に早期相談することをおすすめします。
買い取り・消却という選択肢
会社が相続人から自社株式を買い取る「自己株式の取得」という方法もあります。 相続人が経営に関与しない場合に、株式を換金する手段として活用されます。 税務上の取り扱いが複雑なため、専門家への相談が不可欠です。
相続後の株式・投資信託の管理で注意すること
名義変更が完了し、相続人の口座に移管された後も、いくつかの点に注意が必要です。
配当金の受取口座の変更
名義変更後は配当金の振込先を相続人の銀行口座に変更する手続きが必要です。 特定口座(源泉徴収あり)を選択していれば証券会社が税金を処理しますが、 一般口座や確定申告方式の場合は相続人が確定申告する必要があります。
NISA口座は相続できない
NISA口座(少額投資非課税制度)は名義人固有の口座であり、相続で引き継ぐことができません。 故人のNISA口座内の株式・投資信託は課税口座(特定口座または一般口座)として 相続人に移管されます。非課税の扱いは引き継がれません。
株主優待の喪失
名義変更中は株主としての権利(株主優待・議決権)が行使できない期間があります。 権利確定日をまたぐ場合は証券会社に確認してください。
取得費の記録を残す
将来売却する際の譲渡所得税計算のため、相続時の評価額(取得費)を記録しておきましょう。 証券会社から発行された残高証明書・評価額証明書を保管することをおすすめします。
よくある質問
まとめ
株式・投資信託の相続手続きは、銀行口座と同様に戸籍謄本・遺産分割協議書・印鑑証明書が必要ですが、 証券会社ごとに手続き方法が異なり、口座移管・評価額計算・売却の判断など考えることが多い相続財産です。
- 口座の特定:取引残高報告書・配当通知・スマホアプリ・確定申告書から探す
- 手続きの順序:証券会社へ連絡→残高証明書取得→書類提出→口座移管→売却 or 保有判断
- 相続税評価:上場株式は死亡日と前後2ヶ月の月平均のうち最も低い額を採用
- NISA口座は相続できない。課税口座として移管される
- 非上場株式は評価が複雑。税理士への相談が必須
- 売却時の取得費は相続時の評価額が基準になるため、評価額証明書を保管する
証券口座を探している段階の方は相続財産の調べ方も参考にしてください。 銀行口座の手続きと並行して進めると、戸籍謄本や銀行口座の相続手続きの流れを効率よく活用できます。

