相続 × 遺言書
遺言書がない場合の相続
はどうなる?
法定相続・遺産分割協議・調停まで——
「遺言書がない」ときの相続手順と注意点を徹底解説します。
「親が亡くなったのに遺言書が見つからない……どうすればいいの?」——そんな不安を抱えて相続手続きをスタートする方は、実はとても多いです。内閣府の調査でも、60歳以上の方のうち遺言書を作成している割合はまだ少数にとどまります。遺言書がない場合は「法定相続」のルールにしたがって相続人と相続分が決まり、相続人全員で「遺産分割協議」を行う必要があります。この記事では、遺言書がないときの相続の流れ・法定相続分・遺産分割協議の進め方・もめた場合の対処法まで、必要な知識をすべて解説します。
著者より
銀行の窓口に60代の男性が来られたのは、秋の終わりのことでした。「父が先月亡くなりまして、遺言書も何も残っていなくて……何から始めればいいのかわからなくて」と、少し声を震わせながら話してくださいました。
窓口でお話を聞いていくと、相続人は男性と妹さんの2人、父親名義の預金と自宅の土地建物がある、でも妹さんとはここ数年ほとんど連絡をとっていない——という状況でした。「協議書っていうのを全員で作らないといけないんですよね。でも妹が印鑑を押してくれるかどうか……」と心配されていました。
あのとき私は、預金の手続きの説明だけでなく、「まず妹さんに電話してみましょうか」と一言添えればよかった、と今でも思います。遺産分割協議は、早く動き出すほど傷が浅い。遺言書のない相続には、そういう側面がどうしてもあるのです。
— 田中由美(AFP・相続診断士・元銀行員)
遺言書がない場合の相続の流れ
遺言書がない場合、相続は以下の流れで進みます。ひとつひとつの手順をしっかり確認しましょう。
法定相続とは:誰が・どれだけ相続するのか
遺言書がない場合、民法に定められた「法定相続」のルールが適用されます。誰が相続人になるか(法定相続人)と、それぞれの取り分の割合(法定相続分)は民法900条で定められています。
| 相続人のパターン | 配偶者の相続分 | その他の相続分 |
|---|---|---|
| 配偶者+子(複数の場合は均等) | 1/2 | 子全員で1/2(均等割り) |
| 配偶者+父母(直系尊属) | 2/3 | 父母全員で1/3(均等割り) |
| 配偶者+兄弟姉妹 | 3/4 | 兄弟姉妹全員で1/4(均等割り) |
| 配偶者のみ(他の相続人なし) | 全部(1/1) | — |
| 子のみ(配偶者なし) | — | 子全員で全部(均等割り) |
法定相続人の優先順位
常に相続人:配偶者(婚姻関係があれば常に相続人。内縁関係は含まれない)
第1順位:子(子がいれば親・兄弟姉妹は相続人にならない)
第2順位:直系尊属(父母・祖父母)(子がいない場合。より近い世代が優先)
第3順位:兄弟姉妹(子も直系尊属もいない場合)
※2013年の法改正により、非嫡出子(婚外子)の相続分は嫡出子と同等になりました(民法900条4号ただし書き削除)。
法定相続分はあくまでも「基準」——遺産分割協議で変更できる
法定相続分は、遺言書がない場合の「デフォルト」の取り分です。しかし相続人全員が合意すれば、法定相続分とは異なる割合で遺産を分けることができます。たとえば「自宅は母が全部引き継ぐ、預金は子2人で均等に分ける」という合意も有効です。遺産分割協議では、法定相続分にこだわりすぎず、実情に合った分け方を話し合うことが大切です。
遺言書がない場合に起こりやすいトラブル
遺言書がないと、相続人全員が合意するまで手続きが進みません。次のようなトラブルが起きやすいため、事前に把握しておきましょう。
| よくあるトラブル | 原因・詳細 | 対処法 |
|---|---|---|
| 相続人が行方不明・連絡がとれない | 協議が成立しない。不動産の名義変更・預金の解約が止まる | 不在者財産管理人の選任を家庭裁判所に申立てる |
| 相続人の一人が認知症 | 意思能力のない状態での署名は無効。協議書の効力が問われる | 成年後見人を選任してから協議を進める |
| 「生前にたくさんもらっていた」問題(特別受益) | 教育費・住宅購入援助・結婚費用を受け取った相続人と受け取っていない相続人で不公平感が生まれる | 民法903条の特別受益として、相続分を計算し直す |
| 「介護した分を多くもらいたい」問題(寄与分) | 長年介護した子が、他の兄弟と同じ相続分で納得できない | 民法904条の2の寄与分を主張して協議する(調停になる場合も) |
| 知らない相続人の登場(前妻の子・認知した子) | 戸籍を調べると知らない子の存在が判明する | 戸籍調査を徹底し、全員を相続人として協議に含める |
| 数次相続(相続人がさらに亡くなる) | 協議が長引いている間に相続人の一人が死亡し、その子や配偶者も相続人に加わる | 早期に協議を進める。専門家に依頼して手続きを急ぐ |
| 相続財産の一部が先に使われた | 一部の相続人が故人の預金を引き出して使用していた | 使途不明金として遺産分割の中で主張する(調停・訴訟になることも) |
遺産分割協議:進め方と注意点
遺産分割協議は、相続人全員が参加し、全員が合意した場合のみ有効です(民法907条)。一人でも欠けた状態で作成した協議書は無効となり、後に問題が発覚することがあります。
遺産分割協議でできること
- 法定相続分と異なる割合での分割
- 特定の財産を特定の人に
- 換価分割(不動産を売って現金で分ける)
- 代償分割(一人が多く受け取り、他の人に現金を渡す)
- 共有のままにしておく(ただし将来のトラブルの原因になることも)
遺産分割協議の注意点
- 一人でも欠けた状態では無効
- 意思能力のない人(認知症等)は単独で署名できない
- 未成年者は親権者または特別代理人が代理署名
- 成立後の取り消しは原則できない
- 税務申告との整合性を確認する
遺産分割協議書の作成手順
遺産分割協議書は相続手続き全般で必要になる重要書類です。誰が何を相続するかを具体的に記載します。
① 財産と負債の一覧を作る
不動産(所在・地番・家屋番号・評価額)・預金(金融機関名・支店・口座番号・残高)・株式(証券会社・銘柄・口座番号)・その他の財産をすべてリスト化する。借入金・未払い税金等の負債も漏れなく記載。
② 相続人全員の意向を確認する
直接会うか、電話・書面・メールで各相続人の希望を確認する。特別受益・寄与分の主張がある場合はこの段階で話し合う。感情的な対立がある場合は弁護士・司法書士を代理人として立てることも有効。
③ 協議書の草案を作成する
合意内容を文書にまとめる。記載すべき項目:被相続人の氏名・死亡日・本籍、各相続人の氏名・住所・生年月日、各財産の取得者と内容(不動産は登記記録どおりに記載)、作成日。
④ 相続人全員が署名・実印で押印する
全員が同じ書面に署名・実印押印するか、各自が同内容の書面に署名する(持ち回り方式)。遠方に住む相続人には書面を郵送し、返送してもらうことも一般的。
⑤ 印鑑登録証明書を各相続人から取得・添付する
金融機関・法務局での手続きには、相続人全員の印鑑登録証明書(発行から3ヶ月以内のもの)の添付が実務上必要です。相続人全員に依頼して取得してもらいましょう。
特別受益と寄与分:公平な分割のために
相続人の中に「生前にたくさんもらっていた人」や「親の介護を一人で担ってきた人」がいる場合、法定相続分の機械的な適用では不公平になることがあります。そのために民法は「特別受益」と「寄与分」という制度を用意しています。
| 制度 | 概要 | 具体例 |
|---|---|---|
| 特別受益(民法903条) | 生前に贈与や遺贈を受けた相続人は、その分を相続財産に持ち戻して計算する | 住宅購入資金500万円の援助・結婚費用・大学院の留学費用など |
| 寄与分(民法904条の2) | 相続人が被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をした場合、その分を余分に受け取れる | 長年にわたる療養看護・事業への労務提供・財産の管理など |
⚠ 特別受益・寄与分は「主張する側の証明が必要」
「生前にたくさんもらっていた」「介護で貢献した」という主張は、証拠がないと認められにくいです。特別受益については贈与の証拠(通帳記録・契約書等)、寄与分については介護記録・ヘルパーの費用削減額などの証拠を準備しておきましょう。協議で合意できない場合は家庭裁判所の調停・審判で判断されます。
特別受益の計算方法(具体例)
【例】相続財産3,000万円。長男が生前に住宅購入資金として500万円を援助された場合
みなし相続財産 = 3,000万円(現在の財産)+ 500万円(特別受益の持戻し)= 3,500万円
配偶者の相続分 = 3,500万円 × 1/2 = 1,750万円
子全体の相続分 = 3,500万円 × 1/2 = 1,750万円(長男・次男で均等)
長男・次男それぞれの具体的相続分 = 1,750万円 ÷ 2 = 875万円
長男は特別受益500万円をすでに受け取っているため、実際の取得額 = 875万円 − 500万円 = 375万円
次男の取得額 = 875万円
→ 長男375万円・次男875万円・配偶者1,750万円(合計3,000万円)
遺産分割協議がまとまらない場合:調停・審判という選択肢
相続人同士の話し合いでまとまらない場合は、家庭裁判所の調停・審判という手続きに進むことができます。感情的な対立が激しく、当事者同士では解決が難しい場合は早めに専門家に相談しましょう。
調停・審判になると何が起きるか
調停・審判に移行すると、弁護士費用・期間・精神的負担が大きくなります。調停の平均審理期間は約10ヶ月(裁判所統計より)。関係が悪化することも多く、その後の家族関係に影響が残ります。「争う」前に弁護士・司法書士等の専門家に早期相談することが、最終的には費用も時間も節約につながります。
遺言書なし相続の期限スケジュール
遺言書がない場合も、相続には法定の期限があります。期限を過ぎると取り返しのつかない不利益が生じることがあるため、スケジュールをしっかり把握しておきましょう。
| 期限 | 手続き | 根拠・注意点 |
|---|---|---|
| 3ヶ月以内 | 相続放棄・限定承認の申立て | 民法915条。相続開始を知った日から3ヶ月。過ぎると単純承認とみなされ、借金も引き継ぐ |
| 4ヶ月以内 | 準確定申告 | 所得税法125条。故人が確定申告をしていた場合(個人事業主・不動産収入等)に必要 |
| 10ヶ月以内 | 相続税の申告・納付 | 相続税法27条。基礎控除を超える財産がある場合のみ。遺産分割が未完了でも申告は期限内に行う必要あり |
| 3年以内 | 相続登記(不動産名義変更) | 2024年4月1日から義務化。相続を知った日から3年以内。違反すると10万円以下の過料 |
| 5〜7年以内 | 遺留分侵害額請求(遺言書ありの場合) | 侵害を知った日から1年、または相続開始から10年が消滅時効 |
⚠ 遺産分割協議が終わっていなくても申告期限は止まらない
相続税の申告期限(10ヶ月)は、遺産分割協議の成否に関係なく進みます。協議が長引いている場合でも、申告期限内に「未分割」として申告・納税しなければなりません。未分割の状態では小規模宅地等の特例など有利な制度が使えないため、できるだけ早く協議を完了させることが重要です。
遺言書のない相続で専門家が必要な場面
遺言書のない相続は、すべての相続人が協力的な場合は自分で進めることも可能です。しかし次のような場合は、早めに専門家への相談をおすすめします。
弁護士に相談すべきケース
- 相続人間で感情的な対立がある
- 使途不明金・遺産の横領が疑われる
- 特別受益・寄与分の主張がある
- 遺産分割調停・審判になった
- 相続人の一人が代理人弁護士をつけた
司法書士・行政書士に相談すべきケース
- 不動産の相続登記が必要
- 遺産分割協議書の作成を依頼したい
- 戸籍収集・相続人調査を依頼したい
- 相続人の一部が海外在住・行方不明
- 手続きを丸ごと任せたい
税理士に相談すべきケース
- 相続税の申告が必要な財産額がある
- 不動産の評価額の計算が必要
- 小規模宅地等の特例など節税を検討
- 準確定申告が必要
- 分割方法によって税額が変わるか確認したい
ファイナンシャルプランナー(AFP/CFP)に相談すべきケース
- 相続財産の運用・活用方法を検討
- 生命保険の受取方法の確認
- 配偶者の老後資金と相続財産の整理
- 遺言書を作成するか迷っている段階で相談
遺産分割協議のケーススタディ:よくある状況と分け方の例
実際の遺産分割がどのように行われるか、よくある状況ごとに具体的な例を見ていきましょう。法定相続分はあくまで「目安」であり、状況に応じた柔軟な解決策があります。
【ケース①】母が引き続き自宅に住みたい——自宅は母へ、預金を子で分ける
状況:父が死亡。相続人は母・長男・次男の3人。財産は自宅(評価額2,000万円)と預金1,000万円(合計3,000万円)。
法定相続分:母1/2(1,500万円)・長男1/4(750万円)・次男1/4(750万円)
合意した分け方(代償分割):自宅2,000万円は母が全部相続。預金1,000万円は長男500万円・次男500万円。母は長男・次男に代償金として各250万円を支払う。
→ 全員が合意すればこの分け方は有効。母は自宅に住み続けられ、子も公平に現金を受け取れる。
【ケース②】長女が介護した——寄与分を考慮した分割
状況:母が死亡。相続人は長男・長女の2人。財産は預金2,000万円。長女は5年間、母と同居し専業で介護をしていた。
法定相続分:長男1,000万円・長女1,000万円
寄与分の主張(協議での合意例):長女の介護により、老人ホーム入居を5年間(月20万円×60ヶ月=1,200万円)回避できた。この貢献を寄与分500万円として認定することに合意。
→ 長女1,500万円・長男500万円として協議書を作成。合意があれば法定相続分と異なっても有効。
【ケース③】不動産しかなく現金がない——換価分割という選択肢
状況:父が死亡。相続人は長男・次男・長女の3人。財産は空き家(評価額1,500万円)のみ。誰も住む予定がなく、代償金を払える相続人もいない。
換価分割の流れ:①一時的に相続人の誰かの名義に登記 → ②空き家を売却(1,500万円)→ ③売却代金から費用(仲介手数料・解体費等)を差し引いた残額を3人で均等割り
→ 「実家を誰も引き継がない」場合の現実的な解決策。ただし売却のタイミング・譲渡所得税(3,000万円特例の適用可否)は税理士に要確認。
遺産分割協議書の記載例:どう書けばいいか
遺産分割協議書に決まった書式はありませんが、次の項目を正確に記載することが重要です。特に不動産の記載は登記事項証明書どおりに記載しないと後の手続きでトラブルになります。
| 記載すべき項目 | 記載の注意点 |
|---|---|
| 被相続人の氏名・死亡日・本籍 | 戸籍謄本どおりに記載する。「令和〇年〇月〇日死亡」の形式で。 |
| 相続人全員の氏名・住所・生年月日 | 住民票に記載の住所・氏名と一致させる。旧姓・通称名は避ける。 |
| 不動産の表示 | 登記事項証明書どおりに所在・地番(土地)・家屋番号(建物)・地目・地積・床面積等を記載。 |
| 預金の表示 | 金融機関名・支店名・口座種別(普通・定期等)・口座番号を記載。残高は「死亡日時点の残高」が基準。 |
| 代償金の支払いに関する記載 | 代償分割の場合は「〇〇は△△に対して、令和〇年〇月〇日までに金〇〇万円を支払う」と明記。 |
| 後日発見財産の取り扱い | 「本協議書に記載のない財産が後日発見された場合の取り扱い」を明記しておくと後のトラブルを防げる。 |
| 作成日・相続人全員の署名・実印 | 「令和〇年〇月〇日」と日付を明記。全員が署名・実印で押印。印鑑登録証明書(3ヶ月以内)を添付。 |
💡 遺産分割協議書は司法書士・行政書士に依頼するのが安心
協議書の内容に誤りや記載漏れがあると、金融機関や法務局での手続きが通らずやり直しになります。費用は司法書士に依頼する場合5〜15万円程度(財産内容・複雑さによる)。「安く済ませたい」と自分で作成し、後で修正が必要になるケースも多いため、専門家への依頼を検討する価値はあります。
遺言書がない相続を防ぐために:今からできること
遺言書がない相続を経験した方のほとんどが、「もっと早く親に遺言書を作ってもらえばよかった」とおっしゃいます。遺言書は縁起が悪いものではなく、家族への「思いやり」です。今からでも遅くはありません。
| 遺言書の種類 | 費用の目安 | こんな人に向く |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言(法務局保管) | 3,900円 | 財産がシンプル・費用を抑えたい・まず試しに書いてみたい |
| 公正証書遺言 | 5〜30万円程度 | 財産が複雑・確実に有効にしたい・相続人間でもめそうな懸念がある |
よくある質問
まとめ
遺言書がない場合の相続は、法定相続のルールに従い、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。全員が合意できれば法定相続分にとらわれない分け方も可能ですが、一人でも同意しなければ手続きは止まり、調停・審判という長期戦になります。「もめないための準備」として遺言書の作成を検討することが、家族への最大の贈り物です。
- 遺言書がない場合は法定相続分が基準になるが、全員合意で変更可能
- 相続人の確定には「出生から死亡までの戸籍」の収集が必須
- 遺産分割協議は相続人全員の合意が必要——一人でも欠けると無効
- 特別受益(生前贈与の持戻し)・寄与分(介護等の貢献)で相続分は調整できる
- まとまらない場合は家庭裁判所の調停→審判という流れで解決
- 相続放棄3ヶ月・準確定申告4ヶ月・相続税申告10ヶ月・相続登記3年の期限を守る
- もめそうな場合は弁護士・司法書士・税理士に早めに相談する
相続手続き全体の流れや法定相続人の範囲・優先順位を確認しながら手続きを進めましょう。また、「やはり遺言書を作っておきたい」と思った方は、公正証書遺言の作り方も参考にしてみてください。

