「親が亡くなって銀行に連絡したら、口座が凍結されてしまった。葬儀費用もあるのに、このお金はどうすればいいのか」——相続発生直後、こうした混乱に陥る方はとても多いです。銀行口座の凍結は法律に基づく手続きで、解除には相続手続きの完了が必要です。ただし、一部払い戻し制度を使えば、遺産分割が終わる前でも生活費や葬儀費用を引き出すことができます。この記事で、凍結の仕組みから解除手順まで順番に解説します。
著者より
ある朝、開店直後に50代の男性が窓口に駆け込んできました。「父が亡くなって、ATMでお金を出そうとしたらカードが使えなかった。どういうことですか」と、声が少し震えていました。
確認すると、前日に遠方の親族が支店に連絡していて、すでに口座が凍結処理されていました。男性は葬儀社への支払いが翌日に迫っていて、「百万円以上用意しなきゃいけないのに、自分の口座にはそんなにない」と言いました。お父様は几帳面な方だったのか、通帳の残高は十分にあったのに、手が届かない状態になっていたんです。
当時(2019年以前)はまだ一部払い戻し制度がなく、できることが限られていました。私はご本人の口座から葬儀代を立て替えてもらう方法と、葬儀社に事情を話して支払いを少し待ってもらう可能性を伝えるしかありませんでした。男性が帰り際に「最悪だ」とつぶやいた言葉が、ずっと引っかかっていました。
今は一部払い戻し制度があります。あの頃と比べれば選択肢は増えました。でも制度を知らなければ使えない。知っていてほしいから、この記事を書きました。
田中 由美(AFP・相続診断士・元銀行員)
📌 この記事でわかること
- ✅ 銀行口座が凍結される仕組みとタイミング
- ✅ 凍結中でもお金を引き出せる「一部払い戻し制度」
- ✅ 口座凍結を解除するための手順と必要書類
- ✅ メガバンク・地銀・ゆうちょの手続きの違い
- ✅ よくある失敗と注意点
銀行口座が凍結される仕組み
銀行口座の凍結は、銀行が口座名義人の死亡を知った時点で行われます。法律で自動的に凍結されるわけではなく、銀行側が「死亡の事実を知った」ことがトリガーです。そのため、遺族が銀行に連絡する前に引き出しをするケースもありますが、これは相続トラブルの原因になることがあります。
🏦 凍結されるタイミング
- 遺族が銀行に死亡を連絡したとき
- 銀行が死亡広告・お悔やみ欄で知ったとき
- 他の相続人が銀行に申告したとき
- 家庭裁判所から通知が届いたとき
⛔ 凍結後にできなくなること
- ATMからの現金引き出し
- ネットバンキングでの送金・振込
- 公共料金・ローンの自動引き落とし
- カードによるショッピング利用
💡 凍結されるのは「名義人の口座」だけ
配偶者や子の口座は凍結されません。亡くなった方の口座だけが対象です。ただし、家族カードや故人に紐付くサービスは停止になる場合があります。
凍結前に知っておきたい:自動引き落としへの対応
口座が凍結されると自動引き落とし(公共料金・ローン・保険料など)が止まります。早めに引き落とし元への連絡・変更手続きを行いましょう。特にローンの支払いが止まると遅延損害金が発生するため、最優先で対応が必要です。相続発生直後にやることの中でも、この手続きを最初期に行うことをおすすめしています。
| 引き落とし項目 | 対応先 | 優先度 |
|---|---|---|
| 住宅ローン | 融資銀行へ連絡・団体信用生命保険の手続きも確認 | 最優先 |
| 生命保険料 | 保険会社へ連絡。死亡保険金の請求も同時に | 高 |
| 電気・ガス・水道 | 各供給会社へ名義変更または解約 | 中 |
| 携帯電話 | キャリアに連絡・解約または名義変更 | 中 |
| 定期購読・サブスク | 各サービスへ解約申請 | 低 |
凍結中でも引き出せる「相続預金の一部払い戻し制度」
2019年7月1日施行の改正民法により、遺産分割が完了する前でも相続人が単独で預金の一部を払い戻せる制度が設けられました。葬儀費用・生活費・医療費の支払いに使えます。
ただし払い戻せる金額には上限があり、「残高×1/3×自分の法定相続分」または「1つの金融機関あたり150万円」の低い方が限度です。複数口座がある場合は金融機関ごとに申請できます。
💡 一部払い戻し計算例
前提:口座残高300万円・相続人が配偶者と子2人
配偶者の法定相続分:1/2
払い戻し限度額:300万 × 1/3 × 1/2 = 50万円
子(各1/4)の払い戻し限度額:300万 × 1/3 × 1/4 = 25万円
※ 150万円の上限以下のため、上記金額が限度となる
📋 一部払い戻しに必要な書類
- 申請者(相続人)の戸籍謄本
- 被相続人(亡くなった方)の戸籍謄本(死亡の記載があるもの)
- 申請者の印鑑証明書
- 銀行所定の「相続預金払戻依頼書」
- 申請者の本人確認書類(運転免許証など)
※ 金融機関によって若干異なります。事前に窓口または電話で確認してください。
口座凍結を完全に解除する手順
口座の凍結を完全に解除し、残高を引き出す(または相続人名義に変更する)には、遺産分割の完了と相続手続きが必要です。相続手続きの全体の流れを把握しながら進めましょう。
戸籍謄本で相続人を確定する
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を取り寄せ、法定相続人の範囲を確定します。銀行への提出書類としても必要です。本籍地の市区町村役場で取得できます。
遺言書の有無を確認する
遺言書がある場合、その内容に従って手続きを進めます。公正証書遺言以外は家庭裁判所での検認が必要です。遺言書がない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行います。
遺産分割協議書を作成する
相続人全員で話し合い(遺産分割協議)を行い、誰がどの財産を相続するかを決めます。合意内容を「遺産分割協議書」にまとめ、相続人全員が署名・実印を押印します。銀行への提出に必要です。
銀行の相続手続き書類を入手・記入する
各銀行所定の「相続届」「払戻請求書」などを窓口またはウェブサイトで入手します。記入例が用意されている場合が多いので参考にしてください。記入ミスがあると再提出になるため、慎重に記入します。
必要書類を窓口に提出・入金を受ける
書類一式を銀行窓口に提出します。審査完了後(通常1〜2週間)、指定口座に払い戻しを受けるか、故人の口座を相続人名義に変更します。受け取った払い戻し金は遺産分割協議の内容に従って分配します。
銀行への提出書類一覧
必要書類は遺産分割の方法(遺言書あり/なし)と相続人の構成によって異なります。事前に銀行の相続専用ダイヤルへ電話して確認すると、不足書類で出直すムダを防げます。相続手続きに必要な書類リストも合わせて参照してください。
| 書類 | 遺言書あり | 遺産分割協議 | 取得先 |
|---|---|---|---|
| 銀行所定の相続届・払戻請求書 | ✅ | ✅ | 各銀行窓口・HP |
| 被相続人の戸籍謄本(出生〜死亡) | ✅ | ✅ | 本籍地の市区町村 |
| 相続人全員の戸籍謄本 | ✅ | ✅ | 各自の本籍地の市区町村 |
| 被相続人の住民票除票(または戸籍附票) | ✅ | ✅ | 死亡時の住所地の市区町村 |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 場合による | ✅ | 各自の住所地の市区町村 |
| 遺産分割協議書(相続人全員署名・実印) | — | ✅ | 相続人間で作成 |
| 遺言書(検認済みのもの) | ✅ | — | 原本を提出 |
| 払戻しを受ける相続人の通帳・キャッシュカード | ✅ | ✅ | 持参 |
金融機関別の手続きポイント
銀行ごとに手続きの書式・提出方法・かかる期間が異なります。複数の金融機関に口座がある場合は、それぞれに対して個別に手続きが必要です。
ゆうちょ銀行は注意:ゆうちょ銀行は「貯金事務センター」が書類を審査するため、他行より時間がかかる傾向があります。相続財産調査では早めに残高証明書の請求を行いましょう。また、通帳と証書の両方がある場合は、それぞれに対して手続きが必要です。
よくある失敗と注意点
❌ よくある失敗
- 書類不足で何度も窓口へ行くことになる
- 印鑑証明書の有効期限切れ(3ヶ月以内が多い)
- 遺産分割協議書の署名・実印漏れ
- 戸籍謄本の枚数が足りない(出生〜死亡が繋がっていない)
- 複数の口座を見落として手続きが後から増える
✅ 失敗を防ぐポイント
- 事前に銀行の相続専用ダイヤルへ電話して書類を確認
- 戸籍謄本は多めに取得しておく(各銀行に1セット必要)
- 印鑑証明書は各銀行への提出直前に取得する
- 「法定相続情報一覧図」を活用すると戸籍の束が不要になる
- 通帳・カードの有無を確認してから窓口へ
💡 法定相続情報一覧図で書類をまとめる
複数の銀行に口座がある場合、各銀行に戸籍謄本の束を提出するのは大変です。法務局に申請して「法定相続情報一覧図」を取得すれば、各金融機関に戸籍謄本の代わりとして提出でき、手続きが大幅に簡略化されます。
- 法務局への申請費用:無料(何枚でも取得可能)
- 戸籍謄本と同様の効力を持つ公的書類
- ほとんどの金融機関・税務署で利用可能
よくある質問
まとめ
銀行口座の凍結は「銀行が死亡を知ったとき」に発生します。完全な解除には相続手続きが必要ですが、一部払い戻し制度を使えば緊急の出費に対応できます。
- 凍結は銀行が死亡を知った時点で行われる(自動ではない)
- 緊急の資金は一部払い戻し制度(残高×1/3×法定相続分、上限150万円/行)を活用
- 完全解除には戸籍謄本・遺産分割協議書・印鑑証明書が必要
- 法定相続情報一覧図を取得すれば複数銀行の手続きが効率化
- 自動引き落とし(ローン・保険)の変更手続きは早めに対応
- 書類不足を防ぐため、事前に各銀行に電話確認してから窓口へ
手続きが複数の金融機関にまたがる場合や、相続人が多い場合は司法書士・行政書士への代行依頼も有効な選択肢です。

